大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山口家庭裁判所船木出張所 昭和44年(家)129号 審判 1970年1月07日

申立人 岡島光子(仮名) 外二名

相手方 岡島正夫(仮名)

主文

一、相手方は申立人三名に対し別紙不動産目録一ないし八の各不動産につき持分の割合を各三分の一とする共有に所有権を移転し、当該所有権移転登記手続をせよ。

二、相手方は申立人三名に対し別紙不動産目録九ないし二〇の農地につき農地法第三条所定の許可申請手続をし、当該許可を条件として持分の割合を各三分の一とする共有に所有権を移転し、当該所有権移転登記手続をせよ。

三、前二項の登記手続がなされたときは、申立人岡島光子は申立人岡島ウメのため肩書住所地において同居し、その日常生活一切の経費を負担し、従前どおりの家族共同生活を継続し、もつて扶養の義務を負担しなければならない。

理由

一、本件各申立の趣旨は、「相手方は申立人三名に対し婚姻費用の分担及び扶養の方法として相手方所有の財産につき所有権を移転すること」の審判を求めるにあり、申立の実情は次のとおりであると認められる。すなわち、相手方正夫は申立人ウメの二男で、申立人光子と昭和二八年四月一六日婚姻、同年六月五日届出をすませ、同二九年七月六日長男である申立人守一をもうけ、肩書本籍並びに住所地において申立人三名と家族共同生活を営み、父祖(祖父岡島好郎、父岡島貞夫)の遺産たる別紙不動産目録記載の各不動産を所有し、不動産の内訳は田約一町六反宅地約八八〇坪、畑約二反、家屋一棟、海苔工場一棟、山林約一町六反原野約三畝、池沼九歩であり、家族たる申立人ウメ、同光子と共同の経営及び労働により、農業並びに海苔製造業を営み、家族共同生活の生計をたてていたものである。ところが、相手方正夫は、かねてより家族らの信頼を裏切つて、家庭を出奔して他の女性と同棲し、山林売却代金を遊興費に充て、過去一〇年間に総額約三七四万八、〇〇〇円を浪費し、家族共同生活の基礎となる農業並びに海苔製造業に従事しないばかりかむしろ負債の始末を申立人ウメ同光子にさせること再三におよぶ状態であつたところ、昭和四四年六月二三日以降出奔して所在が明らかでない。相手方は同年六月一四日申立人ら親族の代表者である岡島秀正宛に誓約書と題する書面を作成し、その内容は「私儀従前家出により家業を放棄し、母、妻、子および親族一同に大変ご迷惑をおかけいたしましたが、本日より改心して新谷、長尾両氏保証の負債を解消いたすべく家業に専念し、円満な立派な家庭を築くことを誓います。万一違約した場合には左記の事項を施行されても異議の申し立てはいたしません。一、全財産の所有権を母、妻および子に譲渡いたします。一、自己の負債に関しては、母および妻子には迷惑はかけません。」というのである。ところで申立人らは、相手方が一日も早く申立人らの家庭に復帰し、家族共同の生産ならびに消費生活がもとどおり営まれることを望んでいる。しかし申立人らの家族共同生産ならびに消費生活体にとつて、不可欠の資本財産である不動産はすべて相手方の所有であり、相手方がこれを第三者に贈与または売却するなど処分換金して個人の用途に費消し、もしくは相手方が金銭債務を負担する第三者から強制執行等の処分をうけるときは申立人らの家族共同生産ならびに消費生活体は全くその経済的根底を破壊されるに至ることが明らかである。現在、申立人らは相手方所有の不動産を管理し、これを生活手段として自己の労働をこれに加え、農業ならびに海苔製造業の収支を償わせるべく日々生活しているのであつて、租税公課(年額約一七万円)の支払はもとより不動産に抵当権を設定した○○漁業協同組合等に対する相手方名義の債務総額約二八六万円も割賦弁済を続けている実情にあり、申立人らは相手方が申立人らと構成していた家族共同生産=消費生活体から離脱している状態が今後長期間にわたつたとしても相手方不在による労働力の不足分を主として申立人光子が労働の中心となつて填補し、従前の共同生活体を維持する見通しが濃厚であり、この際相手方から期待しうる扶養義務の履行方法としては即時共同生活に復帰を望むべくもなくまた期間を限つて生活費を定期に送金を受けることもできない以上、前示農業ならびに海苔製造業を中心とする申立人ら生活共同体の基礎資産たる不動産そのものの所有権を申立人らに移転すること以外には考えられない。そこで、本件申立の趣旨どおりの審判を求めるに至つた。以上のとおり、申立の実情を認めることができる。

二、本件に至る経緯を調査してみると、すでに昭和三三年頃から相手方をめぐる家庭紛争が起り当事者及び親族がその解決に努力して来たがその効なく、最近申立人らと相手方を当事者とする次の各事件が当裁判所に係属し、本件に至つていることが明らかである。

(イ)  昭和四三年(家イ)第七三号離婚調停事件、申立人岡島光子相手方岡島正夫。昭和四三年八月一二日申立、同四四年五月一三日和合調停成立により終結。概要は、申立人が裁判所に事件を持出すことにより相手方に強い反省を求めようとしたもので、相手方が同四三年三月一五日家庭を出奔し、村田とみという女性と下関市次いで福山市に同居し、両名とも同一会社にやとわれ電工及び寮管理人として稼働していたが、同女との関係が思わしくなく、健康状態もすぐれず同四四年五月一一日頃本籍地付近に帰来したところを発見されて家庭に連戻され申立人と和合する合意が成立した。

(ロ)  昭和四三年(家)第八四号不在者岡島正夫の財産管理人選任審判事件、申立人岡島光子。昭和四三年八月二九日申立、同年八月二九日申立人を財産管理人に選任審判。概要は、上記(イ)の事件のとおり岡島正夫が家庭を出奔して所在不明であり、農業ならびに海苔製造業は岡島正夫の名義で行われていたため、同人の所在不明は内外ともに重大な支障を来たすので、妻である申立人を不在者財産管理人に選任した。のちに(イ)の調停成立と同時に任務終了となつた。

(ハ)  昭和四四年(家イ)第五六号内縁解消調停事件、申立人岡島正夫、相手方村田とみ。昭和四四年五月二七日申立、同年一〇月一七日調停成立の見込みがなく終結決定。概要は、上記(イ)の事件調停成立に伴い申立人岡島正夫が約一年間内縁関係を続けた相手方村田とみに対し、同居生活中に生じた第三者に対する借金約一六万六、〇〇〇円に及ぶ債務を申立人において負担すること等の条件により関係の清算を求めた案件であるが相手方が病気で調停期日に出頭しないでいるうち、申立人が前示のとおり同四四年六月二三日出奔して行方不明となつたため上記のとおり終結の止むなきに至つた。

(ニ)  昭和四四年(家イ)第七一号家庭調整調停事件、申立人岡島光子、相手方岡島正夫、昭和四四年六月二四日申立、同年一〇月一七日調停成立の見込みがなく終結決定。概要は、上記(イ)の事件の調停成立により家庭に復帰した相手方岡島正夫は、腎臓結石などの治療を続けていたが、快方に向つても稼働する意欲に乏しいため、申立人岡島光子はともかくとして、周囲の親族らは相手方がまたも出奔するのではないかと疑念を抱き、前示同年六月一四日付誓約書を書くようすすめたのである。果せるかな、相手方は同年六月二三日朝家族がすでに働きに出て不在中、自動二輪車に乗り出奔するに至り、申立人らは相手方が再び福山市内の村田とみ方に身を寄せているものと推察してこの申立に及んだ。ところが、山口家庭裁判所家庭裁判所調査官石井博が福山市に赴き調査した結果によると、相手方は前示村田方に身を寄せた事実を証明する資料がなく、相手方が倉敷郵便局昭和四四年七月二〇日消印の封書郵便をもつて申立人に対し次の内容の書簡を寄せた。すなわち、「前略今度再度の家出はけいかく的ではなく突然でしたのは朝色々と考えている内に六月一四日一五日の出来事を色々考えて見て、せい約書を二通も書かなければ皆さんに信用がないのならいつそいない方がいいと思つて出たのです、又均(注、正夫の次弟柳均で他家の養子になつている)の言つた電話に、テメーとかホイトになつても帰らないと言つてたのがなぜ帰つたかの如く言つていたしね、今後一切皆様にはごめいわくはおかけ致しませんので以後はさがさないで下さい、もし見つかつても絶対家には帰りません、家庭裁判所から来られても帰りませんので宜ろしく戸せきは一日も早く抜きなさいね、皆様お元気で、守一を宜敷くたのむ、草々」との内容(字句は原文のとおり)である。その後何らの音信がなく、倉敷市内に身を寄せる心あたりもないとのことで、相手方の所在をさがす手がかりはなく、上記のとおり調停事件としては成立の見込みがなく終結のやむなきに至つた。

(ホ)  昭和四四年(家イ)第八五号扶養請求調停事件、申立人岡島ウメ相手方岡島正夫。昭和四四年(家イ)第八六号扶養請求調停事件、申立人岡島守一、相手方岡島正夫。昭和四四年(家イ)第八七号婚姻費用分担調停事件、申立人岡島光子、相手方岡島正夫。以上三件いずれも昭和四四年八月二五日申立、同年一〇月一七日相手方所在不明のため調停成立の見込みがなく終結決定のうえ、本件の審判事件に移行した。

(ヘ)  昭和四四年(家)第一〇四号不在者岡島正夫の財産管理人選任審判事件、申立人岡島光子。同年八月二五日申立、同年一〇月一七日岡島秀正を財産管理人に選任審判。

三、以上の本件申立の実情ならびに本件審判事件に至る経緯に照らすと、相手方は、申立人ウメの二男であり、申立人光子の夫、申立人守一の父であつて、同居の家族関係にあつたから、民法第七五二条第七六〇条第八七七条による義務を負担する筋合であり、この義務は家族関係が円満であつたときにおいて、所有する不動産を使用収益し申立人ウメ同光子と共同の労働によつて農業ならびに海苔製造業を営む主体の代表たる地位に応わしい日常の生活を送ることによつて履行されていたものである。

ところが、家族関係に円満を欠き、相手方が家族から疎外されて出奔し行方不明を続ける状態に至ると、単に所有不動産を申立人ウメ同光子の使用収益に委ねている状態が継続していることだけで義務の履行がなされているといえないことは明らかである。けだし、夫婦・親子四名同居による家庭的人間的愛情生活の主観的精神的利益の等価値的交換給付が失われている意味においては勿論のこと、客観的経済的利益の面においても、農業ならびに海苔製造業の収益全体に占める相手方の寄与部分はその経営的才覚ならびに肉体的労働によつて本来多大なものがあつたのであり、相手方の寄与部分が申立人光子同ウメによつて填補されなければならない事態を招来しているのであつて、相手方が自己の労働を再生産するための生活費が農業ならびに海苔製造業の収益全体から支出されない意味においてこれを損益相殺したところで、なお填補しがたい損失を申立人らに与える状態にあることは明らかであるといわなければならない。そうだとすると、申立人らが相手方の不在の期間中も農業ならびに海苔製造業を従前のとおり生産ならびに消費生活の手段として継続するためには、相手方に対し相手方が従前どおりに家族共同生産=消費生活体の代表たる地位に応わしい日常生活に復帰することを請求する権利を有し、相手方はその義務を負うものというべく、それが本来相手方の自由なる意志によつて履行されない以上は法律上これを強制して実現する手段・方法を有しないが、なお本来の義務の履行に代わる新たな義務とその履行方法こそ当事者間の協議により合意さるべき事柄であつたといわなければならない。この協議は前示誓約書の如き内容になると推測されるが、その内容に不確定な要素が多くなお協議を要するものといわなければならない。しかるに、相手方が所在不明であつて当事者間にいまや協議のできないことは明らかである以上、本申立により当裁判所は民法第七五二条第七六〇条第八七七条以下の各条文に則り特定具体的な内容を形成しこれを決定しなければならないのである。

そこで、当裁判所は、前示の事実関係ならびに申立人ウメ、同光子に対する各審問の結果にあらわれた、申立人ら及び相手方の地位、需要所有財産、負債の状況、その他一切の事情を考慮し、相手方の現在の収入や生活程度は明らかにするすべがないけれども現在所有の資産たる不動産のうち、申立人らの生活程度を現在から将来へ維持させるためには、その居住に供している宅地・建物、農業用資産たる田畑、海苔製造用の工場建物及び敷地にあたる別紙不動産目録番号一ないし二〇の各不動産を生産及び消費財として確保するに最小限度欠くべからざるものであると認められるから、これを申立人三名に対する現物給付として平等の割合による共有に帰属させるべく、相手方は現況が農地である同目録番号九ないし二〇の各不動産については農地法第三条所定の許可を条件として、同目録番号一ないし八の各不動産については直ちに申立人三名のため所有権移転登記手続をすることをもつて相手方の婚姻による協力及び費用分担並びに扶養義務の履行方法と定めるを相当とする。しかして、かかる申立人三名の不動産共有が実現したときは、申立人光子は姻族一親等の親族関係にある申立人ウメに対し民法第八七七条第二項にいう扶養の義務を負担すべき特別の事情があるものというべきであるから、当裁判所は、その旨を本審判により明確に決定するものである。

よつて民法第七六〇条家事審判法第九条第一項乙類第三号民法第八七七条家事審判法第九条第一項乙類第八号家事審判規則第五一条第九六条第九八条第四九条を適用して主文のとおり審判する。

(家事審判官 早瀬正剛)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例